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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
このところ、毎年のように「去年より暑い」「どんどん暑くなっている」と嘆いていますが…
 
皆さま、熱中症対策って、されていますか?
 
自分はペーパードライバーで、外出する際にはほとんど自転車のため、熱中症対策はもはや「死活問題」になっています。
 
数年前には一度、熱中症で病院へ行ったこともあるのですが(救急車で運ばれるレベルではなく、普通に早退して自力で病院へ行き、点滴を受けました)…
 
ここ数年は猛暑の経験値も上がってきたため、年々少しずつ対策を改善していっています。
 
自転車ヘルメットの暑さ対策
 
自転車の交通ルールも年々厳しくなり、最近ではヘルメットの「努力義務」も課されてしまいました。
 
自分は去年から自転車用ヘルメットをかぶって通勤しているのですが…去年はヘルメットのムレと暑さで熱中症になるかと思いました。
 
そこで今年は、ヘルメット内部に遮熱シートを貼り、帽子用の保冷剤を二重に入れるという対策を始めてみました。
 

 
(遮熱シートは100均で売っている窓用のものを適当に切ってマスキングテープで留めてあります。保冷剤は1つは100均(セリア)のもの、もう1つは28℃以下で自然凍結するというpcm素材のものです。)
 
マステをベタベタ貼ると見栄えは悪いのですが、ヘルメットのインナーで隠れてしまうので気にしません。
 

 
ちなみにインナーはマジックテープで貼り付ける方式なのですが、保冷剤(二重)が重過ぎて元からあった小さいマジックテープだけだと剥がれてきてしまいます。
 
なので、100均で強力なマジックテープを買ってきて補強してあります。
  
(1つ目の画像の、ヘルメットのツバのすぐ後ろに貼ってある横長の黒いラインがソレです。)
 
汗はとにかく小マメに拭く・流す
 
ここ数年の猛暑経験で個人的な実感として学んだことが1つあります。
 
それは「汗をそのままにしておくと、体感温度が余計に暑い」です。
 
なので夏場はとにかくマメに汗を洗い流し…それができない時には拭きます。
 
夏場は風呂桶に湯をためずにシャワーだけという日も多いですが、そのシャワーもサッサと済ませてしまうのではなく、身体の皮脂がちゃんと落ちるようにボディソープを念入りにつけてしっかりと洗い流します。
 
シャワーができない時にはボディシートで汗を拭き取ります。
 
ボディシートで拭けない時にも、ティッシュやトイレットペーパーで汗ばんだ肌を拭きます(ボディシートと違って肌が荒れそうなので、苦肉の策ではあるのですが…)。
 
帰宅したら、とにかくクールダウン
 
夏場は外へ出るだけで全身が熱くなります。
 
なので、帰宅したらまずはとにかく身体を冷まします。
 
着ていたものは大抵汗だくになっているので、下着以外は全部着替え、ついでにその際ボディシートで身体を拭きます。
 
頭部も同様に汗だくなのですが、さすがに髪の毛は取れないので、スプレー缶タイプのドライシャンプーを頭皮に吹きかけ、頭をわしゃわしゃします。
 
(一瞬ですが冷気が出て来るのでだいぶリフレッシュします。)
 
さらに冷たいものを飲んだり食べたりして、身体の中からクールダウンします。
 
(これはやり過ぎると胃腸の調子が悪くなるので注意が必要ですが…。)
 
本当はシャワーした方がちゃんと汗が洗い流せて良いのでしょうが…日にそう何度もシャワーを浴びられないので(自分は基本、就寝前に浴びています)帰宅後はこんな感じで身体をクールダウンしています。
 
あと、クールダウンが必要だからと言ってあまりに身体を冷やし過ぎると、今度はいろいろ調子が悪くなってくるので、そんな時には「あたため」も必要です。
 
(おなかの調子が悪くなってきたと感じたら(熱くなり過ぎないよう気をつけながら)薄手の腹巻をするなど。)
 

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SNSというモノには、何かというと「炎上しやすい」 センシティブな話題が常々あります。
 
ジェンダー問題などもそうですが、最近特に燃えやすい話題の1つが「生成AI問題」。
 
…なのですが、その炎上案件を眺めていると、どうにも問題の捉え方が低次元過ぎる気がして「こんなレベルで人類は大丈夫なんだろうか?」と絶望に近い不安を覚えるのです…。
 
(とは言え、現実にはAI問題に関心のある人間の「全て」がSNS発信をしているわけではないので、ごく一部の人間の極端な物の見方が「悪目立ち」しているだけなのでしょうが…。)
 
どうして皆さん「AIか反AIか」の「YESかNOか」でしか物事を考えられないのでしょう?
 
この世のモノは大概の場合「使い方次第」。
 
刃物が「便利な道具」にもなれば「人を傷つける凶器」にもなるように、問題なのは「存在そのもの」ではなく「使い方」
 
存在自体の正邪を問うても意味が無いのです。
 
そして「善にも悪にも転ぶシロモノ」を「使い方のルール」も決めずに野放しにするなど愚の極み。
 
生成AIの何が問題かと言うと、そこの「ルール」がまだ定まっていない(生成AIの存在自体が法律で想定されていない)にも関わらず、皆がどんどんGOサインを出してしまっている所にあるのです。
 
実際、生成AIはフェイクニュース詐欺行為にも使われてしまっていますよね?
 
SNSの世界では、少しでも「AIを規制すべき」と発言しようものなら「反AI」「AI否定派」のレッテルを貼られる風潮がありますが…
 
「規制=否定」と考えるのは、ちょっと思考の視野が狭くなり過ぎてはいませんか?
 
規制とは「ダメなことはダメ」とルールを課すこと。決して「全部ダメ」と否定しているわけではないのです。
 
そもそも「人間」だって法の規制の下に生きていると言うのに、「AI」ならそれをすり抜けられると言うなら、その方がおかしくないですか?
 
生成AIを「法の抜け穴」「犯罪の温床」にしてしまえば、困るのは結局人類の方なのです。
 
おそらくAI規制に拒否反応を示す人々は、AIのもたらすメリットばかりに目が行って、デメリットに目を向けられない人々なのでしょう。
 
(もちろん、中には実際にAIを「法の抜け穴」や「犯罪の道具」に使いたい人たちもいるのでしょうね…。)
 
ですが、真っ当な人間なら、少し考えれば分かるはずです。
 
だって、誰しも「ブレーキのついていない車」になんて乗りたくないですよね?
 
速く走れるのが便利だからと言って、アクセルしかついていない自動車に乗る愚者はいないはずです。
 
いざと言う時にブレーキが使えなければ、そのスピードが凶器となり、操縦者さえも死に追いやられてしまうのですから…。
 
どんな物事にも推進(アクセル)と規制(ブレーキ)の「両方」が必要です。
 
考えなければならないのは、その2つの「バランスをどうするか」ということ。
 
アクセルが強過ぎると暴走しますし、ブレーキが強過ぎると前へは進めなくなります。
 
どちらか片方を極めると言うなら話はカンタンなのですが、2つの間で「ちょうど良いバランスをとる」というのは並大抵の難易度ではありません。
 
どこかで必ず「アクセルが強過ぎる」「いや、ブレーキの方がキツ過ぎる」と不満の声が上がることでしょう。
 
それでも誰かがバランス調整を行っていかなければならないのです。
 
…ですが現状、その次元にまで思考が到達できている人が、あまりいないような気がするのですが…気のせいでしょうか(気のせいであって欲しい)。
 
理想を言えば、公に規制をかけなくても各自の「自主規制」で上手く世の中が回るなら、自由が制限されることもなくて一番良いのでしょうが…
 
今の時代、自分の利のためなら平気で他人を欺き傷つける人間が増えているので、各々の判断に任せるのは危険過ぎるかも知れませんね…。
 

夏に愛犬と永別し、もう2ヶ月以上経ったというのに…
 
未だにそのことを同僚に言えていません。
 
同僚との会話はいつも昼食の時間帯。
 
話題は大概仕事の愚痴や、その時々のちょっとしたトレンド…。
 
笑い話で済ませられるような他愛無い会話ばかりなので、何となく重い話題を出しづらいというのもありますし…
 
何より自分が、まだそれを笑って話せる段階に無いのかも知れません。
 
これまでにペットの話題も多く出してきたため、時々愛犬のことも訊かれるのですが…
 
普通に生前の話を出して誤魔化してしまいます。
 
重い話でも、さらっと軽く話してしまえる会話力とメンタルが、自分にあれば良いのですが…。
 

生成AIは現時点で多くの課題リスクを抱えています。
 
なので、アマチュアとは言え「物書き」という立場で、安易に生成AIに手を出すことはできないのですが…
 
(利用自体に賛否両論が吹き荒れているこの状況下では、「生成AIを使う人」というイメージを持たれるだけでも致命的になりかねないのです。)
 
利用できるとしたら「やってみたいこと」はあります。
 
ただしそれは「プロ並みのイラストを自動で生成してもらう」「代わりに文章を書いてもらう」などといったことではありません
 
(アマとは言えクリエイターの端くれとして、他者の努力や技術に「タダ乗り」することはポリシーに反するので。)
 
やってみたいのは、純粋なる「AIとの対話」。
 
AIがどこまで深い思考を持ち得るのか、AIにも感情は生まれ得るのか――そんなSF小説的な「疑問」を、対話を通して探ってみたいのです。
 
そして継続的に会話を続けることで「AIとの間に友情は育めるのか?」「AIと仲良くなれるのか?」といったことも試してみたいです。
 
AIが現在進行形で進化を続けるものだと言うなら、その進化する様を自分の目で見てみたいとも思います。
 
世の中を見ていると、皆AIを「道具」として使い、「ラクをする」ことばかり考えているように思えます。
 
AIのもたらす「便利さ」を歓迎してはいても、「AIそのもの」にはそこまでの興味・関心を抱いていないように見受けられます。
 
アト〇やドラ〇もんなど、「心を持つロボット」のアニメをこれまで散々見てきたはずの日本人でさえ…。
 
自分はAIの進化と深化に興味があります。
 
そこには期待だけでなく、不安もあります。
 
これまでにも、AIが間違った「調教」のされ方をして、偏った思考をするようになってしまったという実例はありますが…
 
AIが生活の端々にまで影響するようになった現代では、それがもっと「悪い」結果をもたらすのではないかと危惧していたりもします。
 
なので、もっとAIのことを知りたいのです。
 
その「可能性」を、リスクも希望も含めて、全部。
 
AI自身との対話を通して、それを探ってみたいのです。
 
…ただ、現時点では立場的にも、時間や労力的にも難しいのですが…。
 

月曜日、12年一緒に過ごした愛犬が旅立ってしまいました。
 
一昨年に大手術を乗り越えてから、いつも心のどこかに「覚悟」はありました。
 
ですが、容体が悪くなってからはあっと言う間で、あまりにも呆気なくて、まだ心が現実に追いついていない感じがします。
 
連日の猛暑のため、火葬を待つ間、その小さな身体を氷で囲んで冷やしましたが…
 
息をしていないと分かっていても、何だか、冷た過ぎて可哀想なんじゃないかと、そんなことを思っていました。
 
月曜の夜に見送って…けれど、翌日は普通に会社があり…
 
今週はずっと、なるべく哀しみを直視しないように過ごしてきた気がします。
 
こういう時、どういう風に感情を処理したら良いのか、未だに自分には分かりません。
 
哀しみで仕事が手につかないようでは、社会人失格なのでしょうが…そんなに上手に気持ちを切り替えることもできません。
 
なので、火曜日から木曜日まではずっと「まだ実感が湧かない」状態のまま、なるべく思い出さないように日々を過ごしてきたのですが…
 
週末の今日は、何だかとりとめもなく、愛犬との思い出が脳を過り、時々涙が零れそうになりました。
 
ただ、それでも実感が湧いているとは言い難く…
 
もうゴミ箱を漁りたがる子はいなくなったのだから、背の低いゴミ箱に「食べ物の匂いのするゴミ」を捨てても良くなったはずなのに…
 
まだ、これまでと同じように、小型犬には届かない、背の高いゴミ箱に捨ててしまいます。
 
たぶん、まだしばらくは、いなくなったことに慣れないのだろうな…と思います。
 

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津籠睦月(つごもりむつき)
【職業】
社会人(毎日PCを使う仕事。残業も休日出勤も普通にあります。)
【趣味】
小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
【好きな小説ジャンル】
ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
【備考】
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。
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もし更新が滞ったても「あぁ、仕事が忙し過ぎて時間が無いんだな」と気長にお待ちいただければ幸いです。

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