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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
前の記事で「言論封殺は良くない」「どんな意見もあって良い」ということを書きましたが…
 
こういうことを書くと「勘違い」する人も出て来そうだな…と、ちょっと心配になります…。
 
言論の自由」と言うと、なぜか「何を言ってもいいんだ」と気が大きくなりがちな人が多い気がするのですが…気のせいでしょうか?
 
確かに「何を言っても自由」ではあるのですが…
 
それは「自由と引き換えに、責任がついて回る」という意味での「自由」です。
 
そしてその「責任」は、発言者が「責任を負う・負わない」を選べるようなものではないのです。
 
たとえ発言者に責任を負う気が無かろうが「炎上」という形で勝手に「責任を取らざるを得なくなる」ものです。
 
令和の現在、世の中にはそんな風に「迂闊な発言で身を滅ぼした事例」が数多くあるというのに…
 
なぜ、それでも失言や無責任発言はなくならないのでしょう?
 

【もくじ】

「発言」にばかり夢中で「言い方」に気を遣わない人々

そもそも世の中「意見を言う」ことにばかり夢中になって「意見の出し方」「言い方」を考えない人が多くないでしょうか?
 
むしろ「正論なら何を言ってもいい」「そもそも『言論の自由』があるのだから、何を言ってもいい」と思っている人が多いような気がします。
 
ですが、コミュニケーションスキルが一定以上ある人間なら、気づいています。
 
どんな意見も「言い方次第」で、受け入れられるか、拒絶されるかが変わってくるということを…。
 
皆さん『北風と太陽』の寓話で既にお気づきでしょうが…人間、冷たく当たってくる人の言葉は素直に受け入れられない一方、優しくしてくれる人の言葉はスッと聞き入れてしまうものです。
 
あまりにも普遍的な人間の心理を突いたこの寓話…知らない人間はほとんどいないと思うのですが…
 
なのになぜか皆さん、それを現代の自分の生き方に“応用”できていないんですよね…。
 
SNSなどを見ていると、自分の意見を語る際、過剰に攻撃的な物言いをしたり、他者を嘲笑する人があまりに多いことに吃驚します。
 
そうして“反発を受けて当然”な“北風対応”をしておきながら、実際に自分の意見が拒絶されると怒り狂うんですよね…。
 
“他者の心理”あるいは“他人の目”をあまりにも意識できていないその言動を、ずっと不思議に思ってきたのですが…
 
ネット空間だと、リアルな人間の顔や目が見えないだけに、そういう意識が薄くなりがちなんですかね…??
 
あるいは自分の意見で別の誰かの意見を「論破」する快感に酔ってしまって「その後のこと(不興を買って意見が拒絶される)」が見えなくなってしまうのでしょうか?
 
…あるいはそもそも発言者は「発言すること」が目的になってしまい、その意見が周囲に受け入れられるかどうかなど、どうでも良くなってしまっているのかも知れません。
 
まして、その意見が他者を傷つけるかも知れないことなど、考えもしないのかも知れません。
 
…ですが、上でも述べた通り、自分の発言の「責任」はブーメランで自分に返って来ます。
 
それは発言の「中身」だけでなく「意見の出し方」「言い方」によっても発生するのです。
 
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アルゴリズムで精神的視野が狭くなりがちな現代人

最近のネット空間を見ていると「他者を気遣えない人が増えたな…」と感じるのですが…
 
その原因の1つが、アルゴリズムによる「フィルターバブル(フィルタリングバブル)」なのかも知れません。
 
令和の現代で「知らない」人はさすがにいないでしょうが…
 
インターネットの世界では「アルゴリズム」によって、ユーザーの見たい情報が「最適化」されていきます。
 
動画サイト等で一度「かわいい猫動画」を検索すると、それ以降やたらと猫動画がオススメに上がってくるように…
 
運営はユーザーの行動履歴から、表示する情報を「絞り込んで」くるのです。
 
(自分などはそれを「余計なお世話」と思い、なるべく小まめに履歴削除をしているのですが…最近は削除しても効果がなくなってきていて、そのせいでサイトを一定期間離れるとか、よくありますからね…。「狭い情報」に縛られたくない人間にとってはアルゴリズムなんて邪魔なだけなのですが…それが分からない人間の方が多いのでしょうね…。)
 
絞り込まれた狭いジャンルの情報ばかりが表示されると、ユーザーは「この世界にそのジャンルの情報しか無い」ように錯覚してしまいかねません。
 
本当は世の中には、もっと膨大な情報があるのに「フィルターを通された情報」だけしか目にすることができず、そのフィルターで囲まれた泡のような空間だけを「世界の全て」と思い込んでしまう…
 
それが現代の社会問題のひとつ「フィルターバブル」なのです。
 
この罠に嵌まると、やたらとオススメに上がって来る自分だけのニッチな趣味を「全世界的に流行っている」と勘違いしてしまったり…
 
逆に「実は自分の知らない所で大規模に流行っている」ものでも、全くオススメに上がって来ないと「結局流行らなかったんだ」と勘違いしてしまったりしかねません。
 
(つまりは「現実を読み誤る」可能性が高いので、自分は「アルゴリズムで情報が絞り込まれないサイト」を必ず1つ2つは確保しておくのですが…。)
 
この現象は、当然のことながら人間の「意見」「言論」にも影響を与えて来ます。
 
自分と同じ趣味、同じ意見の情報ばかりがアルゴリズムで表示され、真逆の趣味や意見は表示されない…
 
それは、発言者の気を大きくし、自分と真逆の立場の人々を見えなくしてしまいます。
 
そもそも、そうして同意見の人々ばかりが集まり、意見がエスカレートしていくこと自体、「エコーチェンバー」と呼ばれ、社会問題の1つと見なされているのですが…。
 
現代の多くの人々は、そうして自分の意見や意識が知らず知らずのうちに「狭められてしまっている」ことにすら気づいていないのかも知れません…。
 
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アテンション・エコノミー下では「過激な発言」ほど好まれる

令和の現代、やたらと発言が「過激」「攻撃的」になりがちな背景には「アテンション・エコノミー(目立ったもの勝ちな経済)」と呼ばれる社会構造が潜んでいるのかも知れません。
 
SNSなどは特にそうですが…現代社会では何かと「数字」がモノを言います。
 
フォロワー数、閲覧数、インプレッションetc…。
 
数字がそのままその人の「能力」とみなされ、数字の大きい人が「インフルエンサー」としてもてはやされます。
 
そしてその「数字」は、実は「クオリティー」とは関係無く上がることも多いのです。
 
「炎上商法」という言葉をご存知の方は多いと思いますが…
 
世の中、わざと「お騒がせ」発言や行動を起こし、注目を集めることで数字を稼ぐ人もいるのです。
 
地道にコツコツ質を上げる人が数字を伸ばせずにいる中、炎上で数字を稼ぎ、ちゃっかりインフルエンサーになっている人がいる…この状況で「真面目に頑張るのが馬鹿らしい」と感じている人も多いのではないでしょうか?
 
「報われないかも知れない努力を地道にやるより、イチかバチかで過激なモノを出した方がいい」…そんな風に感じる人が増えたせいで、今のネット空間はあんなことになってしまったのではないでしょうか?
 
過激発言で自分を売りたい人々は、それで傷つく人々のことなど考えません。
 
むしろ、それで「賛否両論」な論戦が起きれば「注目度が上がり得をする」とさえ考えているかも知れません。
 
…つまりのところ、過激発言を世に増やしてしまうのは、それにいちいち反応する世間の人々なんですよね…。
 
「許せない」と思う心無い発言、攻撃性の高い発言は、スルーするのが一番有効なのですが…
 
(どうしても反論したいなら、リポストや関連付けは絶対しない方向で発言するのが良いでしょう。)
 
昨今、アルゴリズムでそういう「注目度の高い発言」が勝手に表示されてしまう(表示数が上がってしまう)のが、なんとも言い難くイラッとしますね…。
 
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万人に通じる意見も、誰も傷つけない意見も無い

世の中を見ていると、どうにも皆さん「絶対的な正解が世の中に存在する」という前提で物を言っているように思えるのですが…
 
この多様性の時代にそれを考えるのは、相当無理が無いですか?
 
この世の中に「万人に通じる意見」などありません。
 
なので意見は「立場の違う人に反対される」ことを前提に発言した方がラクなのです。
 
過去記事にも書いていますが、意見は「言って終わり」なものではありません。
 
むしろ自分の意見を言った後、他者の意見に耳を傾け、妥協点を探っていくことの方が重要なのです。
 
さらに言えば、皆さん「他人を傷つける意見」に過剰反応しがちな気がするのですが…
 
「他人を傷つける」のがいけないことなのは前提としても…「この世の誰も傷つけない意見」も、そうそうこの世にありません。
 
そもそも「他人を傷つけない」ということ自体、一定以上のEQやコミュニケーションスキルが必要な難易度の高いものですし…
 
「この世の全ての人に配慮したパーフェクトな意見」を言える人がいたとしても、「その人に引け目を感じて傷ついてしまう」ということだってあるのです。
 
他人を傷つける発言に対し「人間として終わってる」と怒り狂うのは「誰も傷つけない人間なんていない」「自分もまた、知らないうちに誰かを傷つけているかも知れない」という事実に目が向いていない証拠です。
 
そもそも怒り狂って相手を叩いたところで『北風と太陽』で良い結果には結びつかないものです。
 
「他人を傷つける発言」に傷ついたなら、するべきことは逆に「他人を傷つけない発言」の手本を示すことです。
 
実際問題、ストレートに叩かれるより、「人間としての格の違い」を見せつけられた方が、よほど精神にダメージを与えられると思うのですが…皆さんどうも、やり方が“素直”ですよね…。
 
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津籠睦月(つごもりむつき)
【職業】
社会人(毎日PCを使う仕事。残業も休日出勤も普通にあります。)
【趣味】
小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
【好きな小説ジャンル】
ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
【備考】
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。
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