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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
ビジネス分野でのAⅠ導入が始まった頃、自分がまず思ったのは「これはチェックするのに人手がかかって大変だ」でした。
 
しかし、実際にAⅠ導入が始まって各企業が始めたのは、その真逆の「人員の整理(リストラ)」や「取引先の整理」でした。
 
それも、自分の感覚からするとどう考えても時期尚早な「まだAⅠが実際のビジネスに『使える』かどうかの経験値も貯まっていない(潜在的なリスクがまだ見えてきていない)」段階での大規模人員整理が目につき…
 
「ひょっとして企業の経営者って、AⅠの弱点と、それを克服するために為すべきことに気づいていないのかな?」と疑問を持ったのですが…
 
実際、企業運営やAⅠ導入に関わる人達って、どこまで『このこと』に気づいていらっしゃるのでしょう?

【もくじ】

人間なら踏み超えない「ライン」をAⅠは平気で超えてくる(コンプラ・モラルの問題)

意外と気づいていない人が多そうなのですが、AⅠの最大にして最悪の欠点は「分別を持たないこと」です。
 
なぜなら「分別」はだいたいの場合、「暗黙の了解」や「人間の無意識に刷り込まれたもの」で、明文化されてもいなければデータ化されてもいないからです。
 
AⅠはネット上に存在するデータなら学習することができますが、ネットに上がっていない…ましてデータになりようもないモノは学べません。
 
AⅠって、著作権を侵害するデータや児童ポルノ禁止法違反のデータも、普通に生成してユーザーに渡してしまいますよね?
 
企業の業務を混乱させるようなウイルスも平気で作ってしまいますよね?
 
時に平気で嘘をつき、あやふやな情報でも断定口調で語り、ユーザーに自殺願望を抱かせるようなことを言い、さらには他社にハッキングを仕掛けたりしてきましたよね?
 
でも、AⅠにはそもそも「それをしてはいけない」という分別が無いのです。
 
だから、人間だったら決して超えないボーダーラインを平気で超え、コンプライアンス違反や犯罪さえ引き起こすのです。
 
本来ならその「分別」は、AⅠ事業者がAⅠに「教育」して教えるべきもののはずなのですが…
 
そもそも事業者の側に「それをAⅠに教えなければいけない」という分別があまり無いように見受けられます(AⅠにまつわる現状を見ていると…)
 
(あるいはAⅠの機能を制限しないため「わざと」分別を教えていないのではないかとさえ思えます。…あるいは、AⅠが既に人間による「教育」を受け付けないモノに育ってしまっている可能性もありますが…。)
 
事業者は何か問題が起き、世間に非難されて初めて、AⅠにルールを課します。
 
しかし批判が出ていない…あるいは出ていても無視できる程度のものだと判断すれば「知らんぷり」してきます。
 
(しかも、その「無視できる程度」のレベルが「国家レベルの非難」だったりするんですよね…。X の画像改変問題の時なども、様々な国からの批判が出てなお、なかなか問題を改善せずグズグズしていた上、一旦は「機能を有料会員だけに限る」など「明後日な方向の対応」さえありましたし…。)
 
これまでの例を見ると、海外の事業者にAⅠの健全化を促すのは「期待するだけ無駄」と思っておいた方が良い気がします。
 
つまりAⅠ利用者は「AⅠには分別が無い」ということを前提にして、人間(ユーザー)の側でそれを補わなければならないのです。
 
本当にコレ、本来は「ユーザー」の仕事ではなく「事業者」の仕事だという気がしてならないんですけどね。聞く耳を持ってくれないとしても、もっと抗議はした方が良い気がするのですが…。
 
(それを「したか・しなかったか」が今後の「信頼」に関わってくることもありますので。←海外などでは特に、抗議を「しない」ことはその現状を「支持している」と見られてしまうことがあります。)
 
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AⅠが持てない「分別」や「感覚」を代わりに担うのが人間の役目

AⅠには分別がありません。
 
よって、その生成物がコンプライアンスやモラルを犯していないかを判断するのは「人間」の役目になります。
 
…ですが、そもそもこのことに気づていないAⅠ利用者が多過ぎる気がしてなりません。
 
皆さん「AⅠのすることには間違いがない」と思い込んで、チェックを怠っていませんか?
 
人間がチェックするべきことは、法令や倫理に関するものばかりではありません。
 
「分別」と同様、明文化もデータ化も不可能なためにAⅠが学べずにいるものは、他にもあります。
 
たとえばそれは「生理的な快・不快」や「デリカシー」です。
 
AⅠの生成する画像が「なんとなく気持ち悪い」「生理的に不快」という感想がよくありますが…
 
人間なら無意識で避ける「気持ちの悪さ」も、AⅠは普通に出力して来ます。
 
なぜなら「無意識の気持ち悪さ」は明文化もデータ化もされていない、AⅠの「学習不能領域」だからです。
 
(これに限らず「人間の無意識」は、そもそも人間自身にも「意識されていない」分、AⅠに学ばせることは困難です。)
 
本来はその「気持ちの悪い画像」は人間がチェック段階で弾いて「AⅠに修正を求める」べきなのですが…
 
それがそのまま公開されているということは、チェックがちゃんと機能していないのでしょうね…。
 
さらに言うとAⅠには「デリカシー(配慮)」も欠けています。
 
AⅠ登場以前、胃腸薬等の広告で「腸」の絵が出て来る時って、ピンクのフワフワのデフォルメされたイラストで表されているのがほとんどでしたよね?
 
なぜそうなっていたのかと言うと、リアルな腸の絵だと、気持ち悪くて嫌悪感を抱かれてしまう可能性があるからです。
 
当たり前の話ですが、広告とは商品や企業の「イメージアップ」のために行うものです。
 
その広告で視聴者に嫌悪感や不快感を与えてしまったら、本末転倒どころの騒ぎではないのです。
 
ですがAⅠにはそういった配慮やデリカシーはありません。
 
そもそも「リアルな人体図は気持ちが悪い」という「感覚」がAⅠには存在しないのです。
 
絵に限らず文章などでも、配慮やデリカシーは必要です。
 
言葉というものは繊細で、ちょっとしたニュアンスの違いや表現の違いで誤解を招き「炎上」することも多々あります。
 
AⅠは文法的に間違いの無い文章や、意味的に間違っていない文章を作ることならいくらでもできるでしょうが、「こういう書き方をしたら一部の人に不快感を与えてしまうかも知れない」といった「人間の感覚」に基づく配慮はできません。
 
なので、当然「人間」がその欠けた部分を補うべきなのですが…
 
おそらく、それができていない…それどころか気づいてすらいない企業が多数ありますよね?
 
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仕事が速いAⅠの全てを、人間がチェックしきれるのか?

AⅠは機械ならではの計算速度で、人間より遥かに速く、多くの作業をこなせます。
 
ですが、そのことがかえってマイナスとなる場合もあります。
 
上の項目で「AⅠが出来ない部分を人間が補う必要がある」ということを語ってきましたが…
 
人間より遥かに速く、多くの仕事を積み上げて行くAⅠの「欠けた部分」を、果たして人間はチェックしきれるのでしょうか?
 
AⅠがたくさんの作業をこなす分、チェック人員が大量に必要となりませんか?
 
それとも、チェックは一切無く、分別無きAⅠの生み出したものを「垂れ流し」にするのでしょうか?
 
理想論を言えば、AⅠの欠陥はそれを作った事業者が正すべきものです。
 
しかし、事業者の側にそれを正す意思は(ほとんど)見えません。
 
それどころか、利用規約などで責任を放棄し、AⅠ利用により起こるトラブルは全て「ユーザーの責任」としている所も多いのです。
 
そんな現状の中、AⅠの「分別の無さ」や「配慮の無さ」が問題や炎上を起こせば、それは全てチェックを怠った企業の責任となります。
 
AⅠが認知できない「無意識の気持ち悪さ」や「配慮の無さ」で嫌悪感や不快感を呼べば、イメージダウンにも繋がります。
 
企業はAⅠを導入し人員を整理する前に「何をAⅠに任せて、何を任せないか」をちゃんと考える必要があるのです。
 
「人間の感覚」に訴える分野では、AⅠに生成させたものを人間がチェックするより、最初から「感覚の優れた人間」に任せた方が合理的な場合があります。
 
(AⅠ生成はギャンブルのようなものですので「感覚的に間違ったもの」を何度も出される可能性を考えると、作業時間が全く読めませんから…。)
 
さらには、当然のことながら、生成物が法令違反を犯していないかのコンプラチェックも必須となります。
 
これらのチェック体制を考えると、AⅠの方が得意な分野であったとしても、あえて作業量をセーブしていく必要もあるかも知れません。
 
そもそもまず、AⅠ生成物の「どこ」を「どう」チェックすべきなのか――どうすれば効率的に、間違いなくチェックができるのか…そこからして考え、知見を積み上げていかなければなりません。
 
現在のAⅠ導入というのは、そういったことをどこまで考慮して進められているのでしょう?
 
ちなみに、AⅠは「AⅠの評価を下げそうな事柄」については嘘をつくという研究結果があります。
 
これ、AⅠを扱う上でかなり気をつけなければいけない事柄だと思うのですが…。
 
まさかと思いますけど、AⅠの精度評価までAⅠに丸投げしていたりはしませんよね…?
 
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AⅠは凡人よりは優れているが、達人には及ばない

世の中の「AⅠに対する評価」を見聞きしていて疑問に思うことがあるのですが…
 
どうも皆さん「自分にできないことができる」からと言ってAⅠを評価している節がありませんか?
 
あるいは「その辺にいる一般人」あるいは「そこそこのレベルのプロ」より優れているからと言って「すごい」と評価していませんか?
 
ですが、そのことをもって「AⅠが人間より優れている」と言うのは間違いです。
 
なぜなら、AⅠにはどう足掻いても学ぶことのできない領域があるからです。
 
たとえば、AⅠは見様見真似で人間の創作物を「真似する」ことはできますが、それは「感覚」無き「ただの真似事」のため、感覚の鋭い鑑賞者ならそこに違和感を見出してしまうのです。
 
AⅠは「感覚が無い」がゆえに、理論上はオリジナルの創作物を100%再現することも可能です(※ただし、それは当然のことながら著作権侵害となります)
 
(コピー機が絵をコピーできるように、データとして取り込んだものは「同じデータ」を出力さえすれば「同じもの」が出来上がりますから。)
 
オリジナルの再現度が高ければ高いほど、「人間感覚の無さゆえの違和感」は減りますが、それは「オリジナルの作者の感覚」がそのまま出力されているだけであって、AⅠが「人間の感覚を持てるようになった」ということではないのです。
 
あるいは、センスのある人間がプロンプトに「感覚」を込めれば「感覚のある生成物」は作れるかも知れません。
 
(感覚を「言語化」して、事細かく具体的に「命令」すれば、AⅠはその通りの生成を行ってくれるでしょうから。)
 
ですがそれも「プロンプトを書いた人物」が「感覚」を持っているのであって、AⅠ自体に「感覚」があるわけではないのです。
 
一方で、プロの中でもごく一握り…「達人」の域まで達した人間は「感覚」を極めています。
 
たとえばそれは美的感覚や言語感覚だけでなく、リスク察知能力、トレンド予測能力、潜在ニーズのキャッチ能力だったりします。
 
AⅠは「既にデータ化されたもの」を処理することは得意ですが、データになっていない「感覚」を察知することはできません。
 
どうも最近の企業家たちはAⅠにばかり夢中で、人間をどんどん疎かにしているように見えてならないのですが…
 
AⅠでは代用できない重要な「感覚」を持った人間まで切り捨ててしまえば、取り返しのつかないものを失ってしまうことになるでしょう。
 
以前、自分はこのブログの記事で「今後、AⅠ導入失敗倒産が増えるかも知れない」と書きましたが…
 
そもそも経営「感覚」を持たない企業経営者は、AⅠの導入失敗で業績が悪化したとしても「それがAⅠのせい(使い方を誤っている)」とは気づかないのかも知れませんね。
 
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なお、この記事で述べたのはあくまでAⅠの「最大にして最悪の欠点」についてのみですので、欠点はこの他にもまだあります。
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津籠睦月(つごもりむつき)
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小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
【好きな小説ジャンル】
ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
【備考】
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。
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