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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
AⅠ生成物を「必要なチェック」をしないまま世に出してしまう「間違いだらけのAⅠ導入」について、過去記事で書きましたが…
 
今回はそれとは別タイプ――「AⅠがそぐわない場面にAⅠを持って来る」という形での「間違ったAⅠ利用」について触れていきます。
 
このタイプの「間違ったAⅠ利用」は、かなり深刻です。
 
というのも、このタイプの「間違い」は過去に炎上した事例も多々あり、顧客の満足度や信頼度に直でダメージを与えるものだから、なのですが…
 
これも結構、気づかずに「やらかし」ている企業、多いんですよね…。
 
なお、AⅠにはコンプライアンス上の問題や倫理上の問題などもあるのですが、そこに触れると話が大きくなり過ぎるため、ここではビジネス上のリスクに関してのみ語っていきます。
 

【もくじ】
AⅠの「対極」にある商品にAⅠを使ってしまった炎上事例

商品を宣伝する時って「イメージ」が大切ですよね?
 
「天然水」を売りたいのに、CMの背景に「排気ガスだらけの工業地帯」を選ぶ広報担当者がいるとしたら、センスを疑いませんか?
 
ですが実際、だいぶそれに近いことを「やらかし」て炎上した企業がありました。
 
海外イベントで日本製の「画材」をアピールするのに「AⅠによるイラスト」を使ってしまった企業があったのです。
 
当たり前の話ですが、画材とは人間が手を使って絵を描く際に使う道具です。
 
「AⅠイラスト」はその対極にある「人の手を使わない絵」です。
 
これは「人間」と「機械」くらいの真逆のイメージで、全く「広告」としてのイメージを成していません。
 
それどころか「画材」を宣伝するのに「人の手を使わない絵」を使うということは「人の手で絵を描くこと」を否定しているようにさえ見られてしまうのです。
 
画材を売りたい会社が「絵なんてAⅠに任せておけば良くない?」と受け取られかねない広告を出すって、致命的な想像力不足ですよね…。
 
(なお、話が逸れるためここでは詳しく触れませんが、AⅠと「イラスト」についてはコンプラ面での問題もあります)
 
今の時代は、たとえ海外のイベントで出された海外子会社の独自広告でも、瞬時にSNSで世界中に拡散されます。
 
この件は国内でも物議を醸し、日本にある親会社までが対応に追われる羽目になりました。
 
この件がここまで炎上した背景には、単に「真逆のイメージだった」というだけでなく、そもそもこれが「AⅠにそぐわない分野だった」ことがあります。
 
AⅠ生成物は「人の手を使わない機械生成物」。
 
「人間の手でやることに意味のある分野」「人間のぬくもりが求められる分野」にはそぐわないのです。
 
「人間と最新テクノロジーとのコラボで今までに無い革新を」と考える人もいるかも知れませんが…
 
そこにAⅠを導入するにあたっては「人間だからこその良さを台無しにしない」「人間性を否定しない」という細心の配慮が必要となります。
 
たとえば、学生が「思い出に自分たちの声でオリジナル朗読劇の動画を作ろう」と言い出したとして…
 
そこに「AⅠを使えば好みの声を使い放題で一瞬で作れますよ」なんてことを提案しようものなら、サイコパス過ぎて大炎上じゃないですか。
 
(なお、話が逸れるためここでは詳しく触れませんが、AⅠと「声」についてはコンプラ面での問題もあります)
 
AⅠが何でもできるからと言って、何でもAⅠにやらせれば良いというものではありません。
 
その人々にとっての「大切なもの」を踏みにじるような提案やアピールを行えば、それは企業の倫理感や人間性を疑われ、世間の信頼を失うことになるのです。
 
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「人間の感覚に訴える分野」で「人間の感覚が持てないAⅠ」に丸投げする意識の低さ

上の例以外にも、AⅠに「向いていない」分野はいくつか存在します。
 
そのうちのひとつが「人間の感覚に訴える分野」です。
 
上でも書きましたが、AⅠ生成物は結局のところ「本物」ではない「機械生成物」。
 
その生成画像に「違和感」を覚える消費者は少なくありません。
 
AⅠ画像による「食べ物」が「おいしそうに見えない」という声は、その典型例かと思われますが…
 
AⅠでどんなにカンタンに宣伝を作れたところで、その画像が人間の食欲を刺激できないなら、宣伝としての効果がありません。
 
同様に、AⅠによる宣伝画像が「気持ち悪くて目にも入れたくない」ものなら、それはただ消費者を不快にするだけの無意味な画像でしかないのです。
 
企業はAⅠを広告に使う前に「AⅠ画像が人に気持ち悪いと思われるのはなぜなのか?」「どうしたら気持ち悪さを消せるのか?」を真剣に研究すべきかと思うのですが…
 
これをせずに「気持ちの悪いAⅠ画像」を垂れ流しにしているのだとしたら、その企業はAⅠによる「業務効率化」にばかり目が行って「消費者の心理」にまるで目が向いていないのでしょうね…。
 
それどころか、もしこれが広告事業者の仕事なのだとしたら、お金を出してくれる広告主にすら意識が向いていないのかも知れません。
 
「無意味なだけの不快な広告」って、お金と手間ヒマをかけたセルフ・ネガティブキャンペーンでしかありませんよね…。
 
過去記事にも書きましたが、AⅠには「知識」はあっても「人間と同様の感覚」はありません。
 
AⅠ独自の感覚ならひょっとして持っているのかも知れませんが…「リアルな人体図に気持ち悪さを覚える」「シワやシミをリアルに描き過ぎると気持ち悪くなるからデフォルメする」といった「人間ならではの感覚」は持っていません。
 
よって、真っ当な感覚を持つ「人間」がその足りない部分を補う必要があります。
 
「人間の感覚を持たないAⅠ」に「人間の感覚に訴える広告」を丸投げしてチェックもしないのは、あまりにも意識が低過ぎるのです。
 
「世の中に、なんだか人間の感覚に合わない気持ちの悪い画像が溢れてきたな」と感じたら、それは「そういうこと」なのかも知れません。
 
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「本物」を求める人に「AⅠフェイク」を出す不誠実性

AⅠにそぐわない分野は他に「本物が求められる分野・場面」が挙げられます。
 
誰しも「本物」だと信じていた物が「偽物」だと分かったらガッカリするかと思いますが…
 
消費者・顧客が「本物」を求めている分野・場面で「本物と見紛うフェイク」を出すのは、そんな「ガッカリ」「裏切られた心理」を生み出すリスキーな行為なのです。
 
つい最近、他社が販売していた「AⅠ生成によるモデル画像」を「AⅠで盗用」した美容院があり、著作権侵害裁判となりましたが…
 
そこで「AⅠ画像に著作権はあるのか?」という本筋の議論とは別に、ネットで話題になっていたことがありました。
 
それは「AⅠ生成のカットモデルを使うのは、その美容院の実力を偽装する詐欺なのでは?」という疑問の声です。
 
これには「モデル画像はあくまで手本や見本であって実力を示すものではない」「レストランの食品サンプルだってニセモノでは?」といった声もありましたが…
 
ここで企業家が注目すべきなのは「そのAⅠ画像を美容院の実力証明(その美容院で実際にカットされた髪型の写真)と信じてしまう客がいる」という事実と「それが偽物と分かれば、一気に信用失墜につながる」という構図です。
 
某公共広告機構が「ダメな広告の例」として挙げているものに「嘘」「大ゲサ」「まぎらわしい」がありますが…
 
「本物と見紛う画像」「本当は存在しないのに、あたかも存在しているかのような宣材画像」は、「嘘」とまではいかずとも、だいぶ「まぎらわしい」のではないでしょうか?
 
たとえばAⅠモデル画像を使っていたとしても、そこに「AⅠ生成のイメージ画像です」の注意書きがあったなら、それが美容院で実際にカットされたものと誤解する客はいなかったはずです。
 
上の議論で出ていた「食品サンプル」も、明らかに「作りもの」なサンプルを「これがそのまま出て来る」と思う客はいないのではないでしょうか?
 
既にお分かりでしょうが、ここでのAⅠ利用のポイントは「AⅠ画像(動画)で誤解を招いてはいけない」ということです。
 
特にそれが実物より良く「盛られた」ものだった場合、消費者は「騙された」「詐欺だ」という気持ちになります。
 
「今までだってCGで『盛る』ことはあっただろう」という声もあるかと思いますが…
 
いかにもお金のかかったCMや広告なら、視聴者は最初から「盛ってるんだろうな…」という目で見ているのではないでしょうか?
 
たとえキレイに盛られた画像・動画であっても、それが最初から「ニセモノ」と分かっていれば、消費者は嫌悪感を抱きません。
 
問題は「いかにも盛っていなさそうな(本物だと信じてしまうような)リアルな画像・動画」で「フェイク」を出してくることなのです。
 
さらには今の時代、実際にリアルなAⅠフェイク画像・動画を使った「詐欺」が横行しています。
 
そのため、ネットリテラシーの高い人間なら既に「リアルなAⅠ画像・動画」に対して警戒心を抱いています。
 
そんな「詐欺のためのAⅠフェイク」と混同されないため、企業は「我々にはAⅠを使って消費者を騙す意図は無い」と示していく必要があるのです。
 
なお、リアルなAⅠ広告自体を「うさんくさい」と言う声は既にありますし、自分も明らかにAⅠなのにAⅠという表示をしていない広告は、詐欺を疑って一切クリックしません。
 
「本物」を載せられない詐欺集団がAⅠフェイクを使うのは「当たり前」な話ですが、「本物」をいくらでも載せられるはずの公式企業がAⅠフェイクを使うのは、わざわざ信頼性を低下させる「もったいない」やり方に思えてならないのですが…。
 
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真面目な報道系メディアがAⅠ写真を使わない理由

これは既に起きてしまった失敗事例ではなく、未来の炎上や信頼性低下に備えた「予防」の話なのですが…
 
ニュースメディアでは、報道写真にAⅠ画像を使わないという取り決めを行っている所があります。
 
これ、どういう理由なのかお分かりになるでしょうか?
 
報道の「本来の意義」を考えていただければ、すぐ分かるかと思いますが…
 
ズバリ「報道機関は真実を伝えるのが使命だから」です。
 
昨今、不適切報道だ偏向報道だと騒がれがちなマスメディアですが、その核にある「理想」はあくまでそうなっているはずなのです。
 
現場見取図やグラフなどにはAⅠが利用される可能性もあるかも知れませんが…
 
報道写真にAⅠを使ってしまえば、それはもはや「真実を報道している」状態ではなくなってしまいます。
 
(むしろ、そこでAⅠ加工された画像を安易に使ってくるようなら、その時こそマスメディアの終焉と言って良いでしょう。)
 
「多少見栄えを良くするくらい構わないだろう」と言う人もいるかも知れませんが…
 
人間、一度それを許すと、ズルズルとエスカレートし、しまいには人や現場の「形」まで加工してしまいかねません。
 
そしてAⅠの生成する画像はあくまで「推測」であり「真実」ではないのです。
 
(実際、暗くて見づらい写真をAⅠで見やすくしようとしたところ、元の形とは違う形に生成されたという事例が、過去にありました)
 
さらに言うと、昨今は「真実」の写真であっても、すぐに「AⅠでは?」と疑われる世の中です。
 
マスメディアが普段から平気でAⅠ画像を利用するようになったとしたら、どうなるでしょう?
 
狼少年よろしく、真実の写真を出しても「AⅠでは?」と疑われるのがオチではないでしょうか。
 
さらには昨今「本物の証拠」を「こんなのAⅠでいくらでも作れる」と言って否定してくる「疑惑の当事者」もいます。
 
(最近、音声データでそれがありましたよね?その後、研究機関の調査で「本物のデータ」だと証明されていましたが)
 
AⅠフェイクを常用していると、次第に「リアル」が見分けづらくなっていきます。
 
真実を報道すべきメディアまでそれを多用してしまえば、読者・視聴者は何を信じて良いのか分からなくなります。
 
世の中の「真実」を見えなくしてしまわないために、報道メディアは読者・視聴者に「AⅠ(ニセモノ)だと疑われる余地」を作ってはいけないのです。
 
なお、あくまで個人の見解ですが…たとえ「イメージ写真」であったとしても、見出しのサムネイルや記事のトップ画像に、一見本物のようなAⅠ画像が使われていると「ニセモノか(本当の写真じゃないのか)」と信頼度が下がります。
 
(これも上の項目と同じく「本物」を求めていたのに「フェイク」を出されてガッカリする事例ですね)
 
昨今、本文記事とビミョウに合わない「釣り見出し」も増えているので、そういう「騙しのテクニック」みたいなので釣られてしまうと、どんどん「裏切られた感」が強くなり、信頼感が下がっていくんですよね…。
 
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AⅠ時代があぶり出す「人間性」

AⅠ時代には「人間性」が求められる――少し前からよく聞くことですが、様々な企業のAⅠ利用失敗事例を見ていると、そのことがよく分かります。
 
AⅠの使い方を間違えて炎上する企業には、ある共通項があります。
 
それは「目先の利益ばかりを追って、見るべき“人”に目を向けていないこと」です。
 
例えば、簡単に安く広告が作れることにばかり目が行って、その広告を見る人間の心理に目が向いていない…
 
人間心理を無視した「効果の無い広告」で、広告主(クライアント)である法人に損失が生まれることに目が向いていない…
 
そして、目先の利益を追った先で自分たちにどんな炎上リスクが待っているのかに目が向いていない…
 
結局のところ、AⅠ利用に失敗する人々は、あまりに狭い範囲で損得を考え「その先にあるもの」が見えていないのです。
 
AⅠによるコスト削減や業務効率化などは、外部の人間にはまるで関係無い「内部事情」です。
 
そんな「内部事情」のために雑に扱われ、不利益を被ったなら、その企業への信頼が揺らぐのも当然ではありませんか?
 
ビジネスは、その企業一社だけで成り立つものでありません。
 
消費者があり、取引先企業があって初めて成り立つものです。
 
古くから伝わる商いの心得に「三方よし」というものがありますが…
 
AⅠ利用に失敗する企業は、自社の「一方さえ良ければ良い」で、他の二方…「客」も「世間」もまるで見えていないのです。
 
AⅠ時代に必要な「人間性」とは、「自分」以外の「客」や「世間」に、きちんと目が向けられること。
 
さらに言えば、その「目を向ける」も「ひとりよがりな押しつけ」ではなく、ちゃんと相手のニーズや不安に耳を傾けることなのです。
 
(「今のままが最善」なのに、クライアントに無駄にAⅠ導入させて、かえって業務を混乱させる企業なんかもありそうですからね…)
 
そもそも真っ当な企業なら、消費者・顧客の「目につく場所」にAⅠを使う場合、まずはAⅠに対する「世間の声」をリサーチするものだと思うのですが…。
 
(たとえば広告に使いたいキャラクター候補にだって、事前にある程度はイメージ調査や好感度調査をやりますよね?)
 
それなのに、過去に炎上やネガティブ意見が出た事例と、ほぼ同パターンの「嫌われる使い方」をする企業があるのって、何なんでしょうね…?
 
(好意的な意見にしか耳を貸していないのか、ネガティブ意見を軽く見ているのか、あるいは炎上覚悟でやるしかないほど予算や時間が無いのか…)
 
AⅠに対する意見を「全て」追うのが難しくても、他社で炎上が起きた際に、その原因と世間の声を調べることくらいはできるはずですし、後学のためにかなり参考になると思うのですが。
 
自分は以前から「AⅠ」は人や企業を測る「リトマス試験紙」だと思ってきました。
 
AⅠをどう扱うかで、その人や企業の「人間性」を窺い知ることができるのです。
 
自己の利益ばかりを追求し、周りの人間や世間への配慮(特に悪影響への対策)が何も無い人や企業というのは、つまりは「そういうこと」なのでしょうね…。
 
自分ばかりを大切にして周囲に目が向かない人や企業というのは、客にとっても取引先にとっても、あまり有難い存在ではありません。
 
あるいはそもそも「人間性」以前に、「思考停止」して何も考えていないだけなのかも知れませんが…。
 
(世間がAⅠに「キャッキャアハハ」している中、思考停止せずAⅠのマイナス面にもちゃんと目を向けるということ自体、実はとんでもなく難易度の高い情報リテラシーなのかも知れませんね…)
 
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小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
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ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
【備考】
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。
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