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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
文字だけのメディアは「感情」が伝わらない・分からない(なので誤解を生む)…これって、よく言われることですよね?
 
だからメールに絵文字があったり、L○NEにスタンプがあったりして、感情を「補完」するのでしょうけど…
 
そういう「補完」の一切無い文章って「感情が分からない」どころか「ネタなのかガチなのか?」すら区別できない時がありませんか?
 
特にX(旧Twitter)などの短い文章だと、内容も端的過ぎて「え?これ、ネタで言ってるだけだよね?本気(ガチ)でそう思ってるわけじゃないよね?」というものが多々あります。
 
ネタで「おかしなこと」を言っている分には、おもしろがるなり、「ネタとしてはサムいな…」とビミョウな気持ちになるなりすればいい話なのですが…
 
ガチだとしたら「笑えない」…そんな投稿が、最近はよく目につく気がします…。
 
最近は「読書離れ」「活字離れ」が深刻ですが…
 
「本」というのは、単に「知識」を得るためのものではなく「他者の気持ちや視点を学ぶ機会」でもあるんですよね…。
 
それを失った人々の「精神的視野」が狭くなり、短絡的な物の見方しかできなくなっている…というのは、普通にあり得そうな話です。
 
さらに言うと、その肝心な「本」を含む「コンテンツ」も、どんどん単純化・エンタメ至上主義化し、いわゆる「考えさせ系」が減っているような気がします。
 
そんな現代事情を考えれば、本当に「ガチでおかしなことを言っている」人が増えても、不思議ではないのかも知れません。
 
…「ガチでおかしなことを言っている人」の何が怖いかって…普通に社会を悪化させそうな所なんですよね…。
 
「自分さえ良ければ他人がどうなっても構わない」という、極度の「自己中心的」思考…
 
「バレなければ犯罪を犯しても良い」とすら思っている「反社会的」思考…
 
「自分の言動がどんな結果をもたらすのか」まるで考えない「無責任」思考…
 
そんな人々が人類の「多数派」になってしまったら、普通に社会秩序が崩壊しますよね??
 
そもそも「おかしい」のが、それを「心の中だけに収めておく」こともせず、「堂々と公言」しているところなのです。
 
現代ではもはや「悪いことは隠れてやる」すら通用していないのか…と、世の人々の正気を疑ってしまうのですが…。
 
(そもそも「悪いことを悪いことと認識する能力」すら失われているのか…。それはそれで恐ろし過ぎるのですが…。)
 
ひょっとしたら「こんな悪いことを考えてるのは自分一人だけじゃないはずだ。お前らだって考えたことあるだろう」みたいな感じで「仲間集め」をしたいのかも知れませんが…
 
そんな感じで「悪い仲間」がどんどん増えていったら、やっぱり社会秩序崩壊じゃないですか。
 
イメージで言うと、どこぞの終末世界のように、文明の崩壊した荒野で悪者たちが「ヒャッハー!」する世界になってしまうじゃないですか。
 
そんな世界で、どれだけの人間が生き残っていけると思うのでしょう???
 
今はネットの中で「他人を足蹴にしてでも成り上がってやんぜ」とイキっている人たちだって、本当の崩壊社会に放り込まれたら、もっと悪くて暴力的な輩に一瞬でプチッと潰されて終わりじゃないですか??
 
自分は平穏な世界で幸せに暮らしていきたい人間ですので、わざわざ「悪い思考」「自分がカモにされるための思考」を世に拡散させたいとは思わないのですが…
 
…ひょっとして、そんなこと(自分の吐いた毒が、巡り巡って自分自身を蝕む)にすら気づいていないアレな人々が、今の時代は多いのでしょうか?
 
「これをガチで言っているのだとしたら、今の時代の人間って、どうなってしまっているのだろう?」――そんな不安に押し潰されそうになっているのは、きっと自分だけではないのでしょう。
 
昨今ネットでの「炎上」や「叩き」が過激化しがちなのは、おそらくはそんな「不安」や「恐怖」の裏返しなのではないでしょうか?
 
「この失言をガチで言っているのだとしたら、恐ろし過ぎる。今のうちに潰しておかなければ、我々の未来が脅かされる」――そんな神経過敏な不安感が、「やらかした人」への「叩き」をエスカレートさせてしまうのではないでしょうか?
 
…ただ、忘れてはいけないのは「その人の“真意”がどうなのかは、結局“他人”には分からない」ということです。
 
ほんの「ネタ」でつぶやかれたものを「ガチ」に受け取り過ぎて「炎上」するのは、双方ともに不幸なことです。
 
(…まぁ場合によっては、「それをネタにする時点で不謹慎」というケースもあったりするわけですが…。)
 
さらに言えば、ネットで発言しているのは、あくまで「ネットで発言できるだけの神経の持ち主」「ネットで発言できるだけの時間的余裕のある人」だけです。
 
それが人類の「全て」なわけではありません。
 
むしろ沈黙する多数派(サイレント・マジョリティー)の逆のラウド・マイノリティー…「声がデカいだけの少数派」の可能性が高いのです。
 
(実際、芸能人の冤罪ねつ造事件の「元」を辿ったら、フェイク情報を流していたのはたった3人のユーザーだった…なんて事案もありましたよね。)
 
なので、ネットで「おかしな発言をしている人」がやたら目につくからと言って、そこまで過敏に怯える必要は無い…
 
…と、言いたいところなのですが…
 
問題は、そんな「おかしな発言」に悪い意味で影響されてしまう人間もいる、ということなんですよね…。
 
昨今「陰謀論を信じる人」が増えている、という社会問題がありますが…
 
客観的に見れば「どう考えてもおかしいだろう」ということを、なぜかネットの動画や記事だけで信じ込んでしまう人が、現実に増えているのです。
 
それを考えると、ネットの中に漂う「おかしな発言」を、ただ放置するのもどうか、というのはあります…。
 
…ただ「おかしなことを言う奴は喋るな」というのだと「言論の自由」の侵害や、人間の尊厳の問題にも関わってきてしまいます。
 
「おかしなことを言う人」がなぜ「おかしなことを言う」のかと言うと、そこには大概の場合「認知の歪み」があります。
 
大人になるまでに学んでおくべきだった「ものの考え方」や「ものの見方」を習得できていないので、変な方向に物事を考えてしまうのです。
 
なので、必要なのは「今まで見て来た狭い世界の殻をブチ破るための新しい視点」に気づいてもらうこと。
 
その人たちの知らない「別の視点」「別の考え方」を、様々な形で提示していくことなのではないかと…。
 
…もっとも「おかしなことを言う人」は精神的視野が凝り固まっていて、別の視点など「受け入れる気すら無い」ことも多いかと思われます。
 
なので、まずはその「別の視点」「新しい視点」に興味を持ってもらうことから始めなければいけないのですが…
 
…まず、ここからして難し過ぎて「そんなこと出来る人いるの?」ってレベルですよね…。
 
それでも「頭ごなしに相手を否定する」だけでは「意見を受け入れてもらう」どころではないので、何とかそういう方向でやっていくしかないわけですが…。
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【HN(ハンドル・ネーム)】
津籠睦月(つごもりむつき)
【職業】
社会人(毎日PCを使う仕事。残業も休日出勤も普通にあります。)
【趣味】
小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
【好きな小説ジャンル】
ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
【備考】
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。
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